会社案内
当社の歩み
昭和20年――終戦。
新潟県北魚沼市で生まれた滝沢種苗の創業者、滝沢久寛は22歳の時ジャワ島で終戦を迎えました。
捕虜として拘留されていたジャワ島。オランダの避暑地であったそこは、戦争のさなかでありながらも色鮮やかな花々が咲き誇り、戦地にも美しい花が咲くことに心打たれたといいます。
終戦後、食糧難の時代でありながらも花の栽培を始めたのは、花の持つ力——その美しさ、力強さ――が戦争で傷ついた人々の心を癒してくれると強く感じ、多くの人にこの思いを届けようと決意したからでした。以来、芍薬、鈴蘭、カーネーションなど多くの品種を手がけ、ユリの品種改良にも取り組んでいきます。忍耐と根性で種苗登録品種「ゆきのひかり」「白峯」「サマーフェスティバル」などを生み出していき、長男滝沢秀樹(現、滝沢種苗社長)の就農を期に組織培養を始めユリの球根、切花の生産・販売が主になりました。
昭和62年――豪雪地帯の新潟県魚沼市では施設栽培が出来ないため、気候の安定した土地を求め三男、滝沢久(現、百合の滝沢社長)は埼玉県深谷市へと渡ります。高速道路を使い、新潟、埼玉間で通勤農業をやる傍ら、農業大学で学んだバイオテクノロジーを生かし、ユリの品種改良と切り花生産を行うようになりました。大阪花の博覧会(花博)では、当時珍しかったピンクのLOユリ「アリエス」を出展。その後も様々な品種を生み出しますが、オランダ産球根の輸入自由化とハウス規模の拡大を背景に、コストのかかる育種をやめて切り花生産一本にすることを決意しました。
平成24年――5ha以上という規模の拡大により深谷農場を分社し、新会社「株式会社 百合の滝沢」として独立。
現在に至ります。
人と人をつなぐ架け橋に――ユリへの思い
㈲滝沢種苗 から ㈱百合の滝沢へ
百合の滝沢では
大量生産、コスト削減により低価格を実現。かつ、最後の一輪まで咲く鮮度を目標に、
従来の市場向け出荷だけでなく、ホームセンターやスーパーに卸すことで、よりお求めやすい環境を目指しています。
会社名 株式会社 百合の滝沢
代表者 滝沢 久
所在地 埼玉県深谷市櫛引 51-7
創業 1989 年
創立 2012 年
従業員数 20名
栽培面積 6ha
前年度出荷本数 オリエンタル、OT、LA、スカシ
400万本
事業内容 ユリ切り花の生産。
ユリの鉢物、鈴蘭、水仙
社長挨拶
――人と自然をユリの花でつなぎ 心豊かな社会をつくる――
現代社会では様々なストレスや悩み、心身の疲れなどを抱えて毎日を生きている方が多いかと思います。
そんな中、おいしものを食べたり、音楽や映画を鑑賞したり、スポーツを楽しんだりと様々な方法で感動や活力を得ているのではないでしょうか。
私たち百合の滝沢では、普段何気なく目にする花や自然もまた、余裕のない毎日の生活にひと時の安らぎを与えてくれる存在だと考えています。
衣食住のように生きるために必要不可欠なものではありませんが、花を見てふっと一息つき、忙しい毎日にのまれず自分らしく生きるための存在――心の栄養――としてユリを傍らにおいていただければ幸いです。
当社では、ユリの花が人と自然をつなぐ架け橋となり、その香り、花ひらく姿が癒しとなることを切に願っております。
ご家庭で気軽に飾れる価格帯、最後の一輪まで咲く鮮度の良いユリをお届けするため、スタッフ一同心を込めて育て皆様に提供して参ります。